全前置胎盤から23wより管理入院、
28w1dで大出血を起こし緊急帝王切開で
SOUを出産するまでの過程です。
前回からの続きです。
緊急入院編 後編。
もう今から出産まで、
もしかすると3カ月近く
TAKUと離れて入院になる。
そんな衝撃の中にいる私に
更に先生は話をつづけた。
「あと…うちの病院は
NICUはありますが6床しかなく
28週未満の赤ちゃんは
受け入れができません。
28週未満で出産になる可能性が
高いとなった場合は…
より規模の大きいNICUを備えた
別の病院に転院になるかも
しれません。」
これは衝撃の第二波だった。
あとあと調べてみたら
確かの病院のHPにも
記載はあった。が、
私は夢にも自分の子供が
NICUに入ると思ったことがなく
S病院のNICUについて詳しく
調べたことが無かった。
S病院のNICUには28週未満の
赤ちゃんが入れないことを
その時初めて知ったのだ。
私の受けている衝撃の大きさを
察してくれていたのだろう、
先生は終始私を労わるような
優しいまなざしを向けてくれていた。
「上のお子さんもいらっしゃるのに
急に入院といわれて
気持ちの整理がつかないとは
思いますが、
今夜はよく休んでくださいね。
携帯電話、使って大丈夫ですので
ご家族には連絡してください。」
ショックでほとんど言葉は頭に入って
こなかったが、
そのような内容の事を
最後に言い残し
先生は看護師さんと共に
部屋を去っていった。
震える指でスマホを触り
夫のhiroに電話をかけると
時刻はもう23時を回っていたが
すぐにつながった。
「もしもし、
ごめん、入院になった。
もう生まれるまで退院できないって。
どうしよう。」
そう言ったとたん、堰を切ったように
涙がドバーっとあふれもう何も話せなくなった。
hiroは、
「分かった、泣かなくて大丈夫。
TAKUの事は心配しないでいいから
とにかく自分と赤ちゃんの事だけ
今は考えてて。
また何か先生から
話し合ったらラインして。」
と言ってくれた。
他にも、明日緊急にもっていく
入院の荷物は何が必要かとか
事務的な話をしたが
あまり覚えていない。
時間も遅かったので、
長くは話さず電話は切った。
慣れない病室で
点滴とモニターに繋がれ
その晩は当然かもしれないが
ほとんど寝ることは出来ず
次の日を迎えることになる。